テロが起きても平常運転なテルアビブのゲイライフ

イスラエルのテルアビブに住んでいます、がぅちゃんです。

暑そうにする、正統派ユダヤ教徒の男性。テルアビブの海沿いの遊歩道にて。

テルアビブのゲイライフについて、この街で暮らすゲイとして、あたりまえのことを書いてみました。けっこう主観的に書いているので、「それは言いすぎ」「うそやん」などと感じさせることもあるかもしれません。

セックスも、宗教も、戦争も、ちょっとドラマチックな部分もありますが、ノンフィクションです。「これがどうしてあたりまえなの?」とか、「あたりまえだからそうなるのか」とか、いろんな見方があり得ます。

文中にしつこく「※」が登場しますが、これらについては、各文末でゴチャゴチャ説明しています。テルアビブではあたりまえのことですし、書かないのも違うかなと思いました。「あたりまえのわりに小難しい」と思うか、「あたりまえだとこの程度」と思うかは、人によると思います。

では本編へ。

ゲイバーに行こうとしたら、ロケット弾が飛んできた

待ちに待った木曜日(※1)。今夜は彼氏とゲイバーのイベントに繰り出す予定だ。18階の我が家のリビングでソファーに腰かけ、ラップトップを広げ、濃いめのジントニックを飲みながら、ユーチューブで吉幾三のコンサートを鑑賞する。スクリーン越しの彼が故郷の青森を想いながら男泣きするシーンで、自分の感情もピークになる。夜遊びの前はいつもこうやってバイブスを高めている。

しかしそんな中、空襲警報が鳴る。

これと同じ音。

「ロケット弾が飛ぶと鳴るらしいね」と聞いていた音が、自分の鼓膜にも届く。ハッとしたころ、爆発音がとどろく。さっきまで青森をふらついてた脳みそが、一瞬でイスラエルにアリーヤー(※2)した。ロケット弾は南のガザから飛んでくる。うちのリビングは南むきで、おまけに一面、窓ガラス。いつもは地中海が見える自慢のリビングが、約1分半(※3)、戦場となる。

この景色の先から、ロケット弾が飛んでくる。

すぐに我が家の防空壕へ(※4)、いや、クローゼットへ避難する。とりあえず空襲を受けた旨をツイッターでつぶやき、すでに大荒れのタイムラインに、”防空壕”より参戦する。彼氏は会社のマニュアル通り、緊急連絡網に従い、同僚に安全確認の電話を回す。30分ほど経ち、どうやら被害はなかったものの、出勤前のような表情を浮かべた彼氏が、「今日は無理だな」と呟いた。

我が家の防空壕。中央の白い箱には、防毒仕様のガスマスクが収納されている。

僕はさっきと違う意味で感情が高ぶりつつも、半ば負け惜しみのように「どうせイベントも中止」と自分に言い聞かせながら、今度はフェイスブックをチェックした。

フェイスブックのイベントページ:「地下なので安全です」

悔しすぎた。

ロケット弾より何より、自分の気分が撃沈した。というか地下ならいいのか? ガスマスク付きクローゼットでしゃがむ自分がやるせない。ハマスだかイスラーム聖戦(※5)だか、犯人探しはプロに任せるが、まさか自分の生活が、テロリストによる被害を受けるとは夢にも思っていなかった。こんな夜にアイツらは2発も発射しておきながら(※6)、僕は誰にも何にもノれないなんて。主語を大きくしたくはないが、テロリストたち、俺のゲイライフを邪魔するな。

【※1】イスラエルの平日は日曜〜木曜。つまり木曜日の夜は、日本でいう金曜の夜のような状態になる。
【※2】「アリーヤー/Aliyah」は「イスラエルに帰還すること」を意味するが、「移民」と同意である。つまりイスラエルに(移民として)引っ越した場合、「アリーヤーした」という表現になる。
【※3】ガザのロケット弾は約90秒でテルアビブに到達する。すなわちこれが避難に与えられた猶予である。なお、最南端のアシュドッドは15秒。
【※4】イスラエルでは、一般住宅にもボムシェルター(防空壕)を設置することが法律で定められている。形態は様々で、クローゼットの場合もあれば、地下室の場合もある。
【※5】ガザからロケット弾を撃つのはパレスチナ系テロリストの「ハマス」だが、この時は別の組織「イスラーム聖戦」の犯行と言われている。
【※6】イスラエルに向かって発射されたロケット弾数発のうち、テルアビブに飛来したのが2発である。

関連記事:イスラエルにロケット弾が飛んできて避難したときの話

テルアビブは平和なゲイタウン

そうは言っても、ふだんのテルアビブは平和なゲイタウンだ。

「ロケット弾が飛んでくるような町が? ウソつけ」と思うかもしれないが、住んでみると治安はとても良い。情勢が不安定なのは周辺のイスラム教国であり、それらの国では同性愛は犯罪だ。しかしイスラエルはユダヤ教の国(※7)だし、中東唯一のヨーロッパスタンダード(※8)。おまけに政府はLGBTフレンドリー(※9)をアピールしているし、レインボープライド(※10)だって毎年開催される。

レインボーのキッパ(※11)をつけるゲイのユダヤ教徒。テルアビブレインボープライドにて。

「イスラエルが危ない」というイメージは「危ないエリアにあるから」という、ざっくりとした印象に引きずられていることが多い。だが実際は、その”危ないエリア”で、地中海リゾート(※12)とさえ呼ばれる観光都市が繁栄しているわけだから、その存在自体が卓抜した安全管理能力の証明なのである。「世界一厳しい入国審査」と揶揄されるテルアビブのベン・グリオン国際空港だが、これは「世界一本気な安全確保」をも意味する。

ベングリオン空港のチェックイン前のセキュリティチェック。これを通過しないと荷物を預けられない。

やや話が脱線したが、そんな平和な環境を前提に、テルアビブのゲイライフは成り立っている。ゲイバーは複数あるし、レインボーフラッグ(※13)も日常的に見かける。なんなら堂々とゲイビーチだって存在する。毎年6月に開催されるテルアビブレインボープライドはイスラエル最大級の祭りだし、世界的にも注目を浴びている。

24時間年中無休のコンビニチェーン「am.pm」に掲げられた、レインボーフラッグ。

【※7】イスラエルの人口の約6割がユダヤ教徒と言われている。
【※8】イスラエルはヨーロッパ出身のユダヤ系移民が建国した国。初代首相のダヴィド・ベン=グリオンはロシア帝国出身。
【※9】「LGBTフレンドリー」とは、LGBT(性的マイノリティ)の権利を擁護する姿勢。ゲイフレンドリーとも言う。
【※10】「レインボープライド」はLGBTの権利向上を目的としたデモンストレーションの総称。現代では祭りの様相を呈している。6月前後に世界各地で開催されるため、この期間は「プライドウィーク/Pride Week」や「プライドマンス/Pride Month」と呼ばれることもある。
【※11】キッパ(Kippa)はユダヤ教徒が着用する帽子。
【※12】テルアビブは左側が全て地中海に面しており、管理されたビーチやリゾートホテルが立ち並ぶ。観光客も毎年増加している。
【※13】レインボーフラッグは、LGBTフレンドリーであることを示す虹色の旗。公共施設や一般住宅でも掲げられる。

テルアビブのゲイバー

老舗ポジションの「シュパガット/Shpagat」

テルアビブにゲイバーはいくつかある。老舗ポジションの「シュパガット」は有名で、夜はとても繁盛する。ゲイ以外の利用客にも人気で、もはやゲイフレンドリーバー(※14)の様相を呈している。イスラエルの重要行事である建国記念日やレインボープライドの期間には、通りが埋もれるほど、道がゲイでごったがえす。

平日の午後のシュパガット。

夜のシュパガット。テルアビブレインボープライドの期間中。

【※14】LGBT擁護、または歓迎の姿勢を示すバー。メンオンリーでないゲイバーという解釈もできる。

ドラァグクイーンショーが人気の「デザイア/Desire」

テルアビブでは、ゲイバー以外でもゲイイベントが開催されるほど、LGBTの娯楽文化のプレゼンスが高い。音楽バーの「デザイア」では、ドラァグクイーンショーが毎週開催される(※15)。ユダヤ教の重要な祭日「ハヌカー(※16)」のシーズンは、神聖なロウソク「メノーラー(※17)」に火を灯すパフォーマンスも行われる。日本文化で例えるならば、お盆の夜にお仏壇に線香を添えるようなものだろうか。テルアビブでは、宗教とゲイは共存している。

平日のデザイアの店内。

ハヌーカーの夜、メノーラーに火を灯すドラァグクイーン。

【※15】ドラァグクイーンとは、過度に女性に扮したパフォーマー。ドラァグは「drag=引きずる」を意味し、「マウスをドラッグする」のドラッグと同じ意味である。
【※16】「ハヌカー/Hanukah」は、8日間続くユダヤ教の祭日。キリスト教のクリスマスと同時期に行われる。
【※17】「メノーラー/Menorah」はユダヤ教を象徴するアイテム。イスラエルの国章に採用されていおり、インテリアとしてもよく見る。

大衆に開かれたゲイビーチ「ヒルトンビーチ/Hilton Beach」

ゲイビーチはハッテン場(※18)として、隠れて存在すると相場は決まっているのだが、テルアビブのヒルトンビーチはそうではない。ゲイの利用客が大半だが、老若男女が訪れて問題ない場所として、本当の意味で発展している。週末には、イスラエルの他の都市からもゲイの客が訪れる憩いの場となる。

ゲイビーチ沿いの遊歩道にレインボーフラッグが並ぶ。レインボープライドの時期。

週末のゲイビーチの様子。

【※18】ハッテン場とは、ゲイ男性が(主に)性行為をして楽しむ場所。自然発生的にそうなった場所もあれば、商業施設として成立している場所もある。

アジア大陸最大の「テルアビブレインボープライド」

テルアビブがゲイタウンとして世界的に注目される理由がこれである。人口たった40万人のテルアビブに25万人の参加者が訪れ、メインイベントのパレードには、文字通り老若男女が参加/鑑賞する。イスラエルの人口は東京にも満たないが、東京のレインボープライドより参加者は10万人多い。この規模は、中東・北アフリカ地域を超えて、アジア大陸で最大である。

海岸沿いの通りを埋め尽くすパレード参加者。

性的マイノリティという枠組みを超えて、万人が楽しめる「祭り」と化している。

検索できないゲイライフ

テルアビブのゲイタウンっぷりを紹介したが、これらはググればすぐわかる。検索可能な情報だ。積極的に宣伝されがちな内容ですらある。

しかしここから先は、おそらく、検索できない世界だと思う。

ゲイじゃない人は知る必要がないし、知りたくもないと思う。でも、ほとんどの人が知らないだけで、ゲイのみんなが知っている、あたりまえの生活の一部である。

男だけのゲイクラブ「ビーフ/Beef」

テルアビブのゲイクラブといえば「ビーフ(※19)」だ。メンオンリーのゲイイベントが定期開催されている。さらに、ここはただのゲイクラブではなく、マッチョが好きな野郎のための盛り場だ。「ビーフは行かない」と言い張る清楚ぶったゲイも、一度はここに来ているはずだ。そして多分、そのときイケなかったから、行かなくなったのである。つまり行かないのではなく、イケないのである。とんでもなくキザな野郎だ。そんな奴、誰も本気で相手にゃしない。

真夜中に開場するビーフ。このころの参加者はまだふわっとしている。

夜中の1時ごろから、じわじわ盛り上がってくる。

ゲイの性的嗜好(※20)は、点ではなく線で捉えるとわかりやすい。マッチョが好きな場合、関連する他の要素も好む場合が多い。例えば、体がごついクマ系の男、ワイルドなレザー、男らしいひげ、これらのどれか、もしくは全てにそそられる可能性がある。これを王将で例えるなら、餃子はもちろんのこと、やきめしや唐揚げにも手を出すのと同じだ。大事なのは、このとき空腹だからといって、決してマクドナルドには行かないところ。

会場のスクリーンに映し出される「100%ビーフ」の文字。もちろん、牛肉という意味ではない。

ビーフは王将。餃子ナイトの日もあれば、やきめしナイトの時もある。唐揚げこそあれどチキンナゲットは出さないし、ましてやハンバーガーなどもってのほかだ。 そんな数あるフェチイベントの中に「ひげナイト」がある。プロの床屋が、半裸で客のひげを剃るイベントだ。レーザービームと爆音の中、いよいよひげそりが始まるー。ひげで遊ぶ欧米男性のヒップなトレンドに、ゲイの趣向を組み込んだ、オトナの嗜みである。

このパフォーマンスは、床屋の宣伝も兼ねている。

この日の会場のスクリーンには「SHAVE」の文字。

一人しか使えない”特別”なトイレ

年に一度のテルアビブレインボープライドの夜は、このビーフがゲイ娯楽の受け皿となる。それぞれが地元で目立っているような世界各国のゲイたちが、一堂に会する。誇張を恐れずに例えるなら、ハンターハンターの幻影旅団、ブリーチのエスパーダ、とでも言えばよいだろうか。さすがに皆、キャラが勃っていて、半裸かレザーが基本となる。

この日のビーフは大型の会場となる。DJによるコンサート会場の様相を呈している。

会場内の移動がほぼ不可能になるほど、男でごったがえす。

この日のビーフのトイレの扉には、「一度に一人まで」という、単純明快なルールが英語とヘブライ語で書かれている。わざわざバイリンガルで説明しなくても、万人が納得できるユニバーサルなルールにも見えるが、自分には「今日はここでセックスしないで」にも読める。なぜなら、ビーフのトイレは”混む”のがあたりまえだからだ。

「ONE PERSON AT A TIME」=「一度に一人」

【※19】「Beef」はゲイ用語でボディビルダーのような男を意味する。なお、「Beef」はこのイベントの名称であり場所の名前ではない。いつもは「Duplex」というクラブで行われるが、別の会場で開催されることもある。
【※20】「性的嗜好」は性的に興奮する対象を指す。よく「性的指向」と混合されるが、この2つは全く異なる。性的嗜好は趣味を表す(性的にSMに興奮する、ひげに興奮する、etc)。性的指向は状態を示す(性的関心が女性に向く、男性に向く、etc)。

リビドーの迷宮「アポロ/Apolo」

アポロは先ほどのゲイバーとは違い、クルージングバー(※21)と呼ばれるタイプの場所だ。クルージングエリア(=ダークルーム)が併設されている、ヨーロッパ水準のハッテン場だ。要するにゲイのハプバーである。アポロは夜中から混み始める。日が変わるまでに、誰ともどこにもイケなかったゲイが訪れては籠城する、テルアビブの最後の砦だ。

窓にはヘブライ語と英語で「アポロ」と書かれている。

入店してすぐ、スナックのようなバーエリアが広がる。その奥にダークルームが展開しているが、最大の特徴は、さらにその先の中庭にある。カーテンで乱雑に区切られたその空間は、まるで迷宮に残されたキャンプ場だ。呻き声もかすかに聞こえる。そして時々、半裸で差し迫った様子の男に遭遇する。

遭難者だろうか?

しばらく食料にありつけていないらしく、「まずは今すぐソーセージをよこせ」と言う。魚肉でもウインナーでも、この際なんでも構わないそうだ。煮ても焼いても食えない売れ残りも、この迷宮では、貴重な非常食となるらしい。

バーエリアに漂う、いかにも「sleazy」な雰囲気。

【※21】英語の「クルージング/Cruising」は日本語の「ハッテン」と同意。

アポロの詳細

ゲイ向けセックスショップ「バックルーム/Backroom」

セックスショップはアダルトグッズを売る店のことだ。しかしバックルームは、ゲイの客に特化している。さらに、アダルトグッズが販売されている空間の奥に、クルージングエリアが展開している。ドイツのベルリンによくあるハッテン場のスタイルだ。レジの棚には、アメリカの家庭でよく使われる固形調理油「クリスコ/Crisco」が売られている。セックスショップに食用品? Youはなぜそこに?

バックルームのレジの様子。後ろにクルージングエリアが展開している。

レジの棚に陳列されたクリスコ。家庭用サイズと業務用サイズがある。

実はクリスコは、フィストファック愛好家の間では、潤滑油として重宝されている。セックスクラブで見かけたとして、それはきっと錯覚ではない。フライパンの外で活躍すべく、あるべくしてあるのだ。例えば電気マッサージ器の使い方も人それぞれのように、クリスコは腕に塗りたくるのがこの店のルール。料理として口に運ばれた果てに排出される運命だったクリスコも、ここでは文字通りバックでの括約が期待される。

後ろからゆっくり入ってゆく。

楽園と名のつくゲイサウナ「サウナパラダイス/Sauna Paradise」

そもそもゲイサウナとは、ゲイ男性のためのサウナで、中でセックスすることもできる。というか、セックスするためのサウナである。つまりハッテン場の王道だ。この世のほとんどの人間にとって未知の世界だが、同性愛が犯罪でもない限り、どの国の主要都市にもほぼ必ず存在する。ゲイ娯楽としては、あってあたりまえの存在だ。

アメリカの首都・ワシントンDCの老舗ゲイサウナ「crew club」。ダウンタウンの大通りにある。

イスラエル、日本、アメリカ、ドイツ、イタリア、スペイン、ギリシャ、トルコ、自分の旅の数だけゲイサウナもあったが、仏教もキリスト教もユダヤ教もイスラム教も関係なく、「ゲイサウナ」の一言で通じる世界観がそこに根付いていた。ゲイサウナは世界共通言語なのである。

サウナパラダイスがあるテルアビブのメインストリート「アレンビー通り」。ユダヤ教徒の活動の場であるシナゴーグ(写真右)もある。

建物の一部がゲイサウナとして営業している場合もあれば、建物まるごとゲイサウナの場合もある。例えば日本には、ビルがまるごとゲイサウナの施設も少なくない。そしてそれらは、すでに日本文化として完成したサウナをベースに進化しているため、そもそもが成熟している。結果として、ゲイの娯楽施設として、世界的にも類を見ないほどの発展を遂げている。

そして地下の楽園へ

話をテルアビブのゲイサウナにもどそう。サウナパラダイスという名前の通り、楽園という名もあながち嘘ではない。例えば徴兵制のあるイスラエルでは、国防軍(※22)として兵役につく若者は公共施設の利用料が割引になるなどの恩恵を受けるが、これはハッテン場でも同じだ。このサウナパラダイスでは、イスラエル国防軍の若者には、圧倒的な割引が用意されている。国家公務員が誰とどんなセックスをするかなど、国の問題ではないのだ。

レインボーフラッグを胸に飾るIDFの兵士。 Photo by Niv Singer

イスラエルにとってエルサレム(※23)が聖地であるように、一部の敬虔な男の中には、この地下室を世俗のザイオン(※24)と見做す者もいる。信仰と保守の権化と畏れられる彼らがここで何をするかは彼らの勝手だが、ここがシナゴーグではない以上、きっと祈りに来てはいないのだろう。ドレッドだろうがペヨット(※25)だろうが、どんな人種も髪型も、この楽園で咎められることはない。

エルサレムの嘆きの壁で礼拝する、正統派ユダヤ教徒の男性。 Photo by Raw Herring

イスラエルでは、軍と宗教はしばしば対立する。しかしテルアビブの”楽園”では、男が男と出会うだけで、それ以上でも以下でもない。

【※22】「IDF:Israel Defense Forces(イスラエル国防軍)」は、イスラエルの軍隊の名称。
【※23】エルサレムはイスラエル最大の都市。イスラエルが首都と主張する都市でもあるが、国際社会の完全な同意は得られていない。
【※24】ザイオンは「Zion」の英語読み。レゲェ用語で「天国」などを意味する。本来は「シオン/Zion」であり、エルサレムにある丘の名前を意味する。イスラエル建国の礎となった思想「シオニズム」の語源である。
【※25】「ペヨット/Payot」は「正統派ユダヤ教徒/Orthodox Jewish」が蓄える独特なもみあげ。

平常運転するゲイの暮らし

こうしてテルアビブのゲイライフを紹介すると、ディープで充実しているようにも見える。しかし他の国のゲイ娯楽と比べると、「最低限がギリギリ揃っている」程度で、ちょっと物足りないとも思う。しかしながら、いつロケット弾が飛んできてもおかしくない環境で、これだけのことが出来るのだから上等だ。というか飛んできてもヤるのだから。

まだ悔しい。

ナンパされたので3Pできるか聞いてみたら、二人は友達なのでそれは出来ないと断わられた。どうやら彼らは親友のようだ。不思議とあまり悔しくない。

テルアビブは小さな町だから、各々のコミュニティで小さく集まる活動の方が活発だ。身内のメンバーで盛り上がるイベント、ローカルのパーティ、宅飲みも結構多い。自分自身、この街でゲイが集まる法則というか派閥というか、暗黙のトレンドみたいなものに、最近やっと気づいてきた。

身内でしっぽり盛り上がるゲイイベント。 

「小さいコミュニティ」としてはちょっと大きめな「ペサハ/Passover」という集会もある。ペサハはユダヤ教の三大祭りで、イスラエルで最も重要な行事の一つだ。エジプトの奴隷だったイスラエル人がモーセのおかげでパレスチナに脱出できたことを祝う。「ハガダー/Haggadah」と呼ばれるヘブライ語の本をみんなで斉唱しながら、「セーデル」と呼ばれる儀式的な晩餐をする。

幹事がヘブライ語と英語で祝辞を述べる。

この儀式的な晩餐を「ペサハのセーデル」と言うが、日本人の私には「正月のおせち」にも見えた。いうなればこれは、般若心経で進行するゲイおせちだ。ここがテルアビブのゲイセンター(※26)であること、ここにいるほとんどの人が性的マイノリティであること、それらを含めても除いても、みんなでペサハのセーデルすることは、イスラエルではあたりまえのことである。

【※26】正式名を「Tel Aviv Municipal LGBT Community Center」。イスラエルのLGBTに関する社会的活動の拠点。市民に開かれた「メイヤー庭園/Meir Garden」の中にある。

平常運転すぎて、見えない

ふと、知り合いの顔が目に入る。

そういえば楽園で見かけた彼だ。ナンパしてきた彼も、ドラァグクイーンの彼も、米国からアリーヤーした彼も、あの店の精肉担当もいる。そういえば日本人の僕もいたな。僕は明らかにイスラエル人でもユダヤ人でもないのに、ぜんぜん目立たない。多分みんなにとって、どうでも良い存在なのだろう。とにかくここでは、彼らの視界に異物として映っている様子はない。

伝統的なセーデルの「ベーツァー/Beitza」を齧りながら、いろいろ咀嚼してみる。

セーデルのベーツァー。鶏の卵が茹でられた料理。

きっと僕は、本当に誰にも見えていないのだろう。「ヘブライ語を唱えながらベーツァーを齧るアジア人」が見えているのは、自分だけなのかもしれない。この場所では、 誰も彼も、「口パクしながらゆでたまごを食うその他大勢の一人」でしかない。「日本人のこのボクが、ベーツァーを、あのベーツァーをッ、みなさんと噛み締めていますよッッ!」などと、騒がしく主張する必要は全くなかった。

僕はこのとき、イスラエルで完璧に平常運転していた。

ふつうは見えない

友達の家でレインボーフラッグなど、ふつう見ない。見なくてもあたりまえだからだ。あの虹が見えるということは、まだ見せなければいけないということ。「わかってますよ」ではなく、「わかってませんよ」なのだ。わかってないから、見せなければ見えないのである。ふつうは、友達に「友達だぞ」と、わざわざ説明などしない。あの虹は、「友達リクエスト」を送信しないと承認できない社会そのものに掛っている。

イスラエルの高速道路から見えた虹。運転中の彼氏に言われて初めて気づいた。

虹はかけるものではなく、かかるものだ。ただの自然現象である。見つけても見つけなくても、とくに誰も困らない。触れたくても触れたくなくても、そこに必ずある。観光地だろうが紛争地だろうが、地球が平常運転している証として、ただそこに存在する。

電気スクーターで通勤する男性。海沿いの遊歩道にて。

地球が回る限り、いつものタイミングで、嫌でも日曜日がやってくる。こうしてまた、いつも通り、テルアビブが平常運転を始める。

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