もしアンパンマンが本音のエッセイを書いたなら。

「アンパンマン」の概要。

おなかが すいたり、こまっている ひとが いたら、どこでも とんでいく みんなの ヒーロー。ジャムおじさんが こころを こめて つくった パンに、いのちのほしが おちてきて うまれた。ばいきんまんが わるさを すると アンパンチで こらしめる。それいけ!アンパンマンHPより。

おなかが すいたり、こまっている ひとが いたら、どこでも とんでいく みんなの ヒーロー。

お腹が減りすぎて死ぬ人は、一年で900万人ほどいるらしい。彼らはみんな文字通り、死ぬほどお腹が減っている。だから俺は助ける。でも全員を救うためには、一日24,000人ほど対応しないといけない(一日は1440分しかないんだけども)。とにかく俺はできるだけ、どこまでも行く。いちおうマッハ8で飛べるし、飛行機より8倍早く移動できるけど、体はひとつなので限界がある。あとそもそも、うちのパン屋はアンパンを大量生産できない。

救うべき人に会えたと思いきや、誤報やイタズラだったこともある。「マジで来た」と半笑いで自撮りをかましてきた奴もいて、アンパンチしたかったけど我慢した。テレビの外の俺(つまりはマッハ20で繰り出される俺の拳)をコイツらは知らないから、そういうことが平気で言える。無知な人間ほど、危なっかしく勇敢だ。「おいアンパンこら」とファイティングポーズを構えて絡んできた奴もいた。そんなに音速の拳をくらいたいか?

本当に空腹の人にも、もちろん会える(というかそれが本業だし)。でもソイツらの中には「偏った栄養学」とか「切羽詰まった信仰」を盲目に実践して自滅してるケースもある。本人ではなく周りが心配して連絡してくるタイプ。だから困っているのは、むしろ周り。でも大抵、周りの奴らも問題の本質を見誤ってる。頭を使わず、混乱に煽られるまま、日本の救急車感覚で俺に連絡してくる奴が、後を絶たない。俺はパンだし、医者じゃないのに。

人間は「本当は何に困っているのか」を見定める段階で早々に諦め、軽率に俺を頼る。そこに俺の出る幕は無いのに。それを説明しても埒が明かないから、仕方なくマッハでアンパンを与える。音速を超える俺のトリアージ。にもかかわらず、「あんこ嫌い」とか「グルテンフリーしか無理」とか口答えしてくる。じゃあもう俺を呼ぶな。そのままでいろ。俺は「空腹の者にアンパンを与える」という責務を全うするだけ。ボランティアやない。

俺はどこまでも行くし空も飛べてしまうから、欧米ではスーパーマンみたいな扱いになってる。アメリカはマーブル的(?)でモノリシックなヒーロー観でパンの俺を捉えたがるし、CNNもいやに俺を英雄視してくる。「俺はヒーローじゃなくてパンだ」って何回もインタビューで答えてんのに。誰かの目に、たまたま俺が、ヒーローに映ったかもだけど、俺はヒーローで売ってない。実家は一応パン屋だし。メディアは軽薄なレトリックで俺を弄ぶな。

飢えた奴がいる。苦しむ奴がいる。その時、その場で、たまたま、俺だけがソイツに手を差し伸べられた。そして偶然ソイツは、死ぬという結果に至らなかった。そういうことが、繰り返された。助かる奴が増えた。感謝する奴も増えた。ただそれだけの物語-ハナシ-。たまたま死にかけてたソイツにとって、たまたま俺はヒーローなのかもしれない。でも俺はパン。英雄でなければ人間ですらない。誰も本質を見失うな。

偶然が連続したせいで、俺が「みんな助けるマン」とかに見えたかもしれない。音速の身体能力が人間にとって神々しかったかもしれない。でもそれは全部、お前ら人間が勝手に盛り上げた娯楽要素であって、俺の本質ではない。自分の快楽を他人におしつけるな。ただおとなしく、願え。俺だって数字には敵わないし、個人が全員は救えない。「痛みをなくす」ではなく「痛みをへらす」という対症療法を俺はやってる。お前らは分かってないけど。

ジャムおじさんが こころを こめて つくった パンに、いのちのほしが おちてきて うまれた。

言うまでもなく、俺はジャムさんありきでやってる。でもあの人は別に「心を込めて」はいない。単純に、アンパン制作に「人より時間と労力をかけてる」だけ。美化を必要としない、普通のハードワーカー。押井守のイノセンスを見て「いのちのほし」を「ゴースト」とか呼んでた時期もあったけど(ジャムさんはAIに名前をつけたがる)。つまり、何もどこからも自由落下してない。俺は、奇跡のように自然発生的に誕生してない。重力-自然-に逆らう全人類同様、人為的につくられた。

ジャムさんはあくまでも「アンパンをつくるパン屋のおじさん」だから、本業の武器製造についてあまり話したがらない。あのパン屋が資金獲得手段としてのフロント企業だとバレて反社と指摘されるのも、時間の問題かもしれない。「アンパンマン!のアンパン★パン屋」とかいう謎ブランディングで不気味で明るい闇営業はできてるから、情弱の阿呆が買いにくる。ジャムさんはやっぱり時頭はいいんだと思う。でもやはり、本業がパン屋じゃないから意識は低くて、グルテンフリーとかにまだ対応できてない。

パン作りは副業-バイト-だから仕事が雑だし、異物もよく混入してる。ジャムさんにとってはどうでもいい事かもだけど、装着してる俺はムズムズするし気になる。俺の鼻のあたりから毛がとびだしてることもあった。銀色の癖毛だったし、あの人のすね毛とかだと思う(俺の毛は黒い)。ある現場で、そこにいた子供に「このハナゲ〜!」と罵られて気づいた。いやそれはジャムさんの「すね毛」だし、俺の名は「アンパンマン」。正しい名前で呼べ「そ・こ・の・ガ・キ」と、言ってやりたかった。

エンジニアと顧客のニーズは、いつもぶつかる。ジャムさんが作るアンパンの性能は高いけど、現場では違うパンが求められてる。グルテンフリー程度のアップデートはしてないと、もうこのご時世、食べてもらえない。食べてもらえないと、俺が音速でデリバリーしようが、ジャムさんが優れた職人だろうが、その何もかもの、意味がない。あの人はそういうところ、疎い。些細-taisetsu-なことに気付けるほど、賢-yasashi-くない。またそのせいで、俺の優しさは、みんなにうまく届かない。

このバグは、この先も解決されることはないだろう。なぜならジャムさんはパン屋じゃないから。そして俺は(偽物の)ヒーローだから。誰も自分を生きてない。偽物のヒーローとして偽物のパン屋の闇営業を強いられる虚しい俺と比べ、あの人はずるい。バイト特有の脱力感が味として過大評価され、「アンパンマン!の」という殺し文句、さらにあの外見が魔合体して、今や「日本が誇るパン職人」扱いされてる。闇営業のバイトのくせに。そうやって、世間体という呪い-ストレス-が、俺をネチネチ殺していくよ。

俺は報われない。アンパンの姿で移動するから気色悪がられるし、そもそもパンでも人間でもない。鼻からすね毛は出るわグルテンフリーには対応してないわで、拒絶される。みじめだし、報われない。地球最速で動いても、兵器と同じ強さでも、受け入れられない。俺の心は、毛一本でたやすく折れる。俺がどんなに早く駆けつけても、どれだけ人を助けても、マジで我が身を割いたとしても、俺のことは、誰も助けてくれない。自分だけが救われない。こんな世界は生きづらい。だからもう、自分の感情だけが友達さ。

ばいきんまんが わるさを すると アンパンチで こらしめる。  

「バイキンマン」という奴がいる。ウイルス扱いされてる悪者だが、俺はアイツをウイルス扱いはしてない。間違いなく悪者ではあるけど。アイツはいつも、すでに激務の俺の仕事を増やすべくちょっかいをかけてくる。呪い殺してやりたいほど嫌い。ただし、俺の音速の拳をくらって生き残ってる唯一の生命体という点において、尊敬の念を禁じ得ない。というかそもそも、俺はアイツ以外を殴ったことがない。だから正直、自分の力についてよくわかってない。つまりアイツだけが基準-たより-。そのせいか、たまに他の奴も殴ってみたくなる。アイツより悪い奴、いっぱいいるしな。

アイツはウイルスだから、誰も触りたがらない。俺しか触って(殴って)やれない。暴力の世界で俺とアイツは、誰より親密で平等。アイツが俺に迷惑をかけるのも、俺に触って(殴って)もらいたいからだと解釈してる。ウザいけど。とにかく俺は、唯一なぐれる相手としてアイツを信頼してるし、その一撃に全ての呪いを込める。俺が呪われてきたぶん、ぜんぶアイツにぶつける。でもあいつは死なない。だからまた殴らないといけない。というか、もっと殴りたい。俺のストレスはもう暴力しか成仏の方法がなくて、その拳を受け止められるのはアイツだけ。だからもっともっと、俺を邪魔しに恋。

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