エルサレムの「聖墳墓教会」の基本的な解説&観光の見どころ5つ

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イスラエルで3年暮らしていました、ライターのがぅちゃん です。世界遺産「エルサレム旧市街」の敷地内にある「聖墳墓(せいふんぼ)教会」の概要や歴史について、できるだけ簡潔に説明しています。内部にある「キリストの墓」や「ゴルゴダの丘」といった観光不可避な代表的名所についても解説します。

もくじ

・聖墳墓教会とはどういう施設なのか
・聖墳墓教会の歴史
・聖墳墓教会の重要な見どころ
 1. 不動の梯子
 2. ゴルゴダの丘
 3. 聖油の石板
 4. キリストの墓
 5. 裏名所
・聖墳墓教会へのアクセス

聖墳墓教会とはどういう施設なのか

聖墳墓教会の外観。

聖墳墓教会はイエス・キリストが十字架で処刑された「ゴルゴダの丘」に建つとされる教会です。処刑後のキリストが埋葬された場所でもあるため、キリストの墓がある教会としても知られています。なお、聖墳墓教会は世界遺産「エルサレム旧市街/Old City of Jerusalem」の中にあります。

キリストの処刑(磔刑)の様子@ゴルゴダの丘。(磔刑図/アンドレア・マンテーニャ)Image:CC0

エルサレム旧市街は商店街のようになっている。

キリスト教は世界でもっとも信者が多い宗教であり(約23億人)、聖墳墓教会はキリストの「復活(死)」の地と考えられているため、キリスト教徒にとって最も重要な巡礼地のひとつです。十字架を背負ってキリストが歩かされた道のり「ヴィア・ドロローサ」の最終地点でもあります(「4. キリストの墓」で後述)。

聖墳墓教会で祈るキリスト教徒。

ヴィア・ドロローサの道。エルサレム旧市街の中に14のチェックポイントがある。

なお、聖墳墓教会をはじめとする、キリストの生死を司る3大教会は次の通り:「1. 妊娠を司る、受胎告知教会@ナザレ/イスラエル 」「2. 誕生を司る、降誕教会@ベツレヘム/パレスチナ」「3. 復活(死)を司る、聖墳墓教会@東エルサレム」。3つとも国が違いますが、どれもイスラエルからの観光が一般的です。

1. 受胎告知(じゅたいこくち)教会。@ナザレ(詳細記事)

2. 降誕(こうたん)教会。@ベツレヘム/パレスチナ・ヨルダン川西岸地区・エリアA

3. 聖墳墓(せいふんぼ)教会。@東エルサレム/エルサレム旧市街

聖墳墓教会はあくまでもキリスト教の施設ですが、「ギリシャ正教会エルサレム総主教庁/Greek Orthodox Patriarch of Jerusalem」の本部とされています。他にも様々な宗派(カトリック教会、アルメニア教会、エチオピア正教会、シリア正教会etc)と物件を共有しています。

アルメニア教会の聖職者。@聖ヘレナ聖堂/聖墳墓教会

余談ですが、聖墳墓教会がある「エルサレム旧市街/Old City of Jerusalem」が属する「東エルサレム」は、国際法上はイスラエルの土地ではありません(イスラエルが実効支配していると考えられている)。しかしアクセスはイスラエル側の西エルサレムからが一般的なので、イスラエルの観光地として認知されている現状があります。

西エルサレムは都会。

ダウンタウンでは、ユダヤ教徒がアメリカやイギリスの音楽を演奏している。

LGBTフレンドリーなエリアさえある。

「エルサレムはイスラエル」と観光客が覚えて帰れるまちづくりになっている。

関連記事:エルサレムの概要&よくある質問8件への回答

聖墳墓教会の歴史

1842年に制作された、聖墳墓教会のリトグラフ。Image:CC0

4世紀(335 or 336年)にローマ帝国皇帝のコンスタンティヌスに建設されてから、本当に様々な国や組織による破壊と再建*をくりかえして今に至ります。現代の建物のように「一つの会社によって建設・管理される施設」ではないため、言ってしまえば「ややこしい場所」です。

コンスタンティヌス1世。Photo by I, Jean-Christophe BENOIST

聖墳墓教会のざっくりとした歴史

・300年前半:コンスタンティヌスの命により、聖墳墓教会が建設される。
・614年:サーサーン朝が破壊
・630年:ヘラクレイオスにより再建。
・1009年:ファーティマ朝が破壊。
・1048年:コンスタンティノス9世モノマコスにより再建。
・その後:十字軍、オスマン帝国、イギリス委任統治領パレスチナ、ヨルダン、イスラエルなどが統治。

1099年に十字軍に制圧された時の様子。中央奥に聖墳墓教会が描かれている。Image:CC0

聖墳墓教会の内部には、十字軍が刻んだ十字がいまも壁に残っている。

ちなみに、十字軍に破壊されたエルサレム神殿の残骸が、嘆きの壁。

関連記事:イスラエル・エルサレムの「嘆きの壁」について解説

聖墳墓教会の長い歴史の中で唯一、4世紀から一貫して認知されているコンセプトが「キリストが死んで復活した場所」です。これは聖墳墓教会の観光するときのコツでもあるのですが、「キリストの死と復活」をテーマとして訪れると、グンと見やすくなります。

聖墳墓教会の重要な見どころ

聖墳墓教会のフロアマップ。見るところは多い。Image: seetheholyland.net

見どころをぜんぶ見ていくと丸一日くらいかかりそうなのですが、「キリストの死と復活」に直接関係するスポットが最も重要になってきます。この記事では、それらを含む、いわずもがなの代表スポットを紹介していきます。どれも観光客が殺到するような場所です。

1. 不動の梯子/Immovable Ladder/Status Quo

不動の梯子。行政の都合で18世紀から放置されている。

「不動の梯子(はしご)」とは、聖墳墓教会の外側にかかっているハシゴのことです。エントランスの前にある広場「パルビス(中庭)/Parvis (courtyard)」から見ることができます。キリストとは直接関係ありませんが、目立つので有名です。

広場から見た「不動の梯子」。

聖墳墓教会の観光はここから始まるといった感じ。

不動の梯子は聖墳墓教会の特殊性を端的に示すアイテムであり、英語では「Status Quo/現状維持」と呼びます。18世紀のオスマントルコの指示によって掃除場所などが宗派ごとに厳密に定められて以来、そのままの状態だそうです。

2. ゴルゴダの丘/Calvary /Golgotha

「ゴルゴダの丘」はキリストの十字架が立っていた岩のことであり、聖墳墓教会の2階「磔刑(たっけい)の祭壇/The Altar of the Crucifixion」がある場所です。磔刑の祭壇では行列が常にできていて、ここでもたもたすると、奥で監視している聖職者におこられます。

ゴルゴダの丘に触れることができる、磔刑(たっけい)の祭壇。

ひとりづつ触れていく。

この穴から手を入れる。

奥のほうで腰かけて監視する聖職者。

もたもたして怒られてたツアーガイド(左)。

断面図で見るゴルゴダの丘(磔刑の祭壇)。Original image: Yupi666

ところで「ゴルゴダ」は、「カルワリオ」「カルヴァリー」などと呼ばれ、どれも「頭蓋骨」を意味します。つまりゴルゴダの丘は「頭蓋骨の丘」と呼ぶこともできます。頭蓋骨はアダムのものと考えられており、「ゴルゴダの丘=アダムの墓」でもあります。

頭蓋骨(=アダムの墓)。キリストの磔刑図の絵画にも描かれている。Image:CC0

現在の磔刑の祭壇のキリスト。

別角度から。

列は部屋を囲むように続く。

頭上の装飾が美しい。

金のランプ。

青と金の壁画。

黄色い壁画。

細かいモザイクタイル。

ところどころに描かれている、愛嬌のある顔。

ちなみにここが入り口(1F)。聖墳墓教会に入って即・右にある。

こんな感じで階段を上がってくる。

ちなみに、「ゴルゴ13」の語源は「ゴルゴダの丘」と言われている。Image via Wikipedia

3. 聖油の石板/Stone of Anointing

「聖油の石板で祈る人々。

ランプ。

聖墳墓教会に入ってすぐ真正面にあるのが聖油の石板です(塗油の石ともいう)。磔刑後に死んだキリストの体を置いて聖油で清めたとされる場所です。ここでひざまずいて祈る人が多くて目立っているため、聖墳墓教会の代名詞のような光景と考えられています。聖油にはオリーブオイルが使用されたと考えられています。

祈る人でぎゅうぎゅうになっている。

各々の祈り方がある。

この石板はレプリカと言われている。

聖油の石板で清められるキリストの絵画が、石板の後ろの壁にある。

4. キリストの墓/Tomb of Jesus/Rotunda and Aedicule/Anastasis

キリストの墓が中にある「エディクラ」。

「ロタンダ」のドーム型天井。

聖油の石板から左に進むと「エディクラ(祭壇)」という建築物があります。それがある空間が「ロタンダ(円形建築物)」であり、この空間を総称して「「ロタンダ&エディクラ」や「アナスタシス」と呼ばれています。アナスタシス(ロタンダ&エディクラ)のエディクラの中にあるのが、キリストの墓です。

キリストの墓があるエディクラの周囲はつねに混んでいる。

入場待ちの人々。

外から覗ける。

覗き穴。

中の様子。

キリストの墓がある内部には同時に4人ほどしか入れないため、常に長い行列ができています。順番を抜かそうとする信者がたえないため、入場を管理する聖職者はだいたいいつも機嫌が悪いです(ヨーロッパとかの人気クラブのバウンサー並にいかつい。警察呼ぶぞとかすぐ言う)。

エディクラの入り口。手前右が門番。

入り口の上の、12使徒のディスプレイ。

順番を抜かそうとする人。こんな感じでちょくちょく来る。

あわよくばフェンスの隙間から割り込もうとする人とかもざらにいる。

そして中へ。石の台座の奥にもうひとつ、小さな入り口がある。

石の台座は、太古の昔、キリストの墓の入り口を隠していたらしい。

内側の穴から見た景色。

この先がキリストの墓。

祭壇。この下にキリストの遺体を寝かせたと考えられている。

復活したキリストを表現した祭壇。

十字架のイメージとはちがう、元気なキリスト。

頭上にはランプ。(43個あるとされる)

小さな出入口から出ていく。

このキリストの墓がヴィア・ドロローサの最終地点(第14留)なので、巡礼が完結するような場所と言えます。ちなみにヴィア・ドロローサのチェックポイントの10〜14までが聖墳墓教会の内部にあります。キリストの復活を第15留とするという考え方もあります。

5. 聖ヘレナゆかりの裏名所

聖ヘレナ。Cima da Conegliano作。Image:CC0

描く人によっては格ゲーのキャラみたいになる。Lucas Cranach the Elder作。 Image:CC0

「聖ヘレナ/Saint Helena」は、聖墳墓教会の建設を命じたコンスタンティヌスの母であると同時に、その建設を助言した人物です。キリストの十字架を発見した人物でもあると言われており、キリストに関する歴史の中ではきわめて重要な人物と考えられています。

聖墳墓教会のアルメニア教会の一部「聖ヘレナ聖堂/Chapel of Saint Helena」。

モザイク画にはアルメニア語のような文字。

祭壇では、聖職者がお経のようなものを唱えていた。

聖ヘレナ聖堂の奥に、十字架が発見されたと考えられている地下室がある。

「十字架発見の祭壇/Chapel of the Finding of the Cross」と呼ばれている。

ゴルゴダの丘は岩だったと説明するに十分な、壁一面の岩。

十字架を抱えた聖ヘレナ像。

ちなみに、聖墳墓教会へつづく道も「聖ヘレナ通り/St. Helena Rd」という。

聖墳墓教会へのアクセス

聖墳墓教会へつづく聖ヘレナ通りにある門。@エルサレム旧市街

門には英語で「聖墳墓/Holy Sepulchre」 とある。

聖墳墓教会はエルサレム旧市街の中にあるため、徒歩でのアクセスになります。エルサレム旧市街の門まではタクシーが利用でき(8つある)、西エルサレムから最も近い「ヤッフォ門」が観光では一般的です。ヤッフォ門から聖墳墓教会までは徒歩5分(400m)。聖墳墓教会もエルサレム旧市街も、入場は無料です。

ヤッフォ門。

通路のパン屋。エルサレムベーグル(左)とデーツのリングパン(右)。

門の中の様子。

両替屋やお土産やなどが並ぶ。

ヤッフォ門から聖墳墓教会へのルート。

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